第二部 医療類似行為を考える
第二部 医療類似行為を考える
第1章 医療類似行為とは
第2章 業務範囲を考える
第3章 業務の侵害を考える
第4章 医療を選ぶ
第5章 人々の選択を受ける
第1章 医療類似行為とは
法制化された療法
医療類似行為にあたる資格は「あんまマッサ―ジ指圧師」「はり師」「きゅう師」「柔道整復師」の4つです。
医療行為が医療の正系の制度であるのに対し、「あんまマッサ―ジ指圧と柔道整復」の各資格は社会政策の一環として立法化された傍系の制度です。分類のうえでは医療の周辺に置くことになるので、医療行為ではなく医療類似行為となります。
ちなみにカイロプラクティックは、欧米の国々では法制化されており正当な医療行為とみなされています。日本で各種療法として分類されるのは未法制のまま置かれているからです。
医療類似行為のさまざまな生い立ち
医療類似行為である4つの資格を認める法規「あんまマッサ―ジ指圧師、はり師、きゅう師、柔道整復師法」は、業務範囲の制限を前提として、医師会の消極的な同意のなかで法制化されたものであり、傍系の制度に過ぎません。それぞれに法制化の請願運動を行って制度として認められた異なる歴史的背景を持っています。
1911年に成立した旧法「あんまマッサ―ジ指圧師、はり師、きゅう師法(1947年改正)」は、視覚障害者に対する社会的な同情を抜きにして語ることはできません。1920年に成立した旧法「柔道整復師(1945年改正)」は、行政機関などに影響力を持つ柔道団体の圧力なしには、医師会の同意を得ることはありませんでした。しかし立法が成立してしまえば、新たな既得権が発生します。
第2章 業務範囲を考える
資格には業務の許容範囲がともなう
有資格者であっても、業務範囲を越えた未熟なテクニックで事故を起こせば、責任範囲は軽減されないと考えることはまともな感覚です。例えば、カイロプラクティックは独自の理論体系と検査法をもつ特別な資格制度のうえにある医療制度なので、あんまマッサ―ジ指圧師、はり師、きゅう師、および柔道整復師がこのテクニックで事故を起こした場合は、損害賠償責任の範囲について何ら軽減すべきでないことは当然です。
業務範囲を越えたものは違反行為
医療類似行為の各法律は、業務範囲やどのような技法が保護されているかを明確にしていません。
業務範囲のない資格などというものが存在するはずはありません。その資格がどのような業務の定義と内容を持つものか明らかでない場合は、法律に定めがないということになるので、裁判所の判断を受けるか法律を改正する手続きが必要です。
ところが医療類似行為の資格者は、それぞれの業務範囲をよく理解できていないように思います。それぞれの資格者が実際に行っている施術内容は、ほかの資格の領域に入り込んでいるように思います。業務領域を越えた施術は違反行為です。資格があれば何をやってもいいというものではありません。
各資格者は、その資格が有効な範囲内の業務に限定した仕事をしてほしいものです。
無知や思い込みによる業務範囲の逸脱
柔道整復師の業務範囲は四肢の関節の後遺障害に限定されていますが、日常的に、首・肩・背中・腰などの体幹に対して施術を行っていることは広く知られた事実です。なかには本来の業務は競争力がないためか、施術内容のほとんどを、ほぐしや整体・カイロに切り替えて繁盛している整骨院が目立ちます。本来の業務領域はほとんどない状態のところもあり、堂々と整体・カイロの看板を掲げている整骨院や接骨院が多くなりました。
あんまマッサ―ジ指圧師のなかには、「自分たちは有資格者だから整体・カイロは業務範囲だ」と軽トラックに大型バスを積み込もうとするような無謀な人間までいます。医療類似行為の立法の趣旨や当時の日本の手技内容から類推解釈すれば、カイロ療法がこれらの療法に含まれないことは当然です。
日本ではカイロが未法制のままに置かれているからといって、勝手に医療類似行為者の既得権のなかに入れようとすることなどあってはならないことです。
第3章 業務の侵害を考える
業務の侵害とは何か
整体・カイロなど各種療法が、あんまマッサ―ジ指圧師の業務領域を侵害しているのではと囁かれています。しかし、1日のユーザー受入数が多く、健康保険の対応ができる整骨院や接骨院のほうが侵害しているはずです。 カイロ院や整体院では、あんまマッサ―ジ指圧師の業務領域の手技には踏み込みません。それは技法が違いすぎるうえに、各種療法の施術院はどれも小規模で1日の受入数が一桁というところも少なくないからです。第一、資格云々をいっても、ユーザーの選択権には勝てるはずもありません。
整体とあんまマッサ―ジ指圧との違い
整体とあんまマッサ―ジ指圧との違いを考えてみます。あんまマッサ―ジ指圧は、明治初期に法制化され名称が統一されたものですが、「あんま・鍼(はり)・灸(きゅう)」は視覚障害者の生業として旧幕藩体制の下でも認められていた技法です。その手技の特徴は「指、主として母指の押圧による軟部組織のほぐし行為」や「はり・きゅう」のツボ療法にあります。明治新政府も、この系譜の保護の必要性を認め、この考えを踏襲して医師の非難にさらされないように法制化しました。
あんまマッサ―ジ指圧の資格制度は、本来は視覚障害者の生業を保護するためのものでしたが、ひとたび法制化されてしまえば、健常者が大量に参入することになりました。そこで視覚障害者に合格の優先枠を与える運用がなされています。健常者のあんまマッサ―ジ指圧師が、視覚障害者に対する配慮をよそに「各種療法者がユーザーを奪っている」と非難するのはまさに自己矛盾ではないでしょうか。
マッサ―ジとは
マッサ―ジは西洋の手技の概念ですが、明治初期にはあんま・指圧と同じものとして扱われるようになりました。マッサ―ジについては、今年新たな動きがありました。厚生労働省が神奈川県警の照会に対して、マッサ―ジの定義を「体重をかけ、対象者が痛みを感じる強さで行う行為」と回答をしました。
マッサ―ジ(Massage)とは、フランス語やアラビア語に起源を持つ概念"massa(手で人をやさしく扱う)"という語に"age"がついて、「手で人をやさしく扱う行為」すなわち「もみ療治」という意味を持つ概念です。これが英語化され、外来語として日本に入ってきたもので、いわゆる西洋あんまと日本語訳されてきた概念です。
広辞苑によれば、「手または特殊な器械を用いて体を擦り、揉み、叩くなどして行う治療法。血行をよくし、疲労を去り、筋肉の機能を高め神経の興奮をしずめるのに効果がある」とあります。私たちが普通に理解しているマッサ―ジとはまさにこの概念のことで、先の厚生労働省の説明とは異なります。この定義は意図的に曲げた牽強付会の定義というべきものです。
この定義は「後だしジャンケン」のような後味の悪さが残る
この定義には、既得権の領域を意図的に広げようとするマッサ―ジ業界の政治的な圧力も見えます。視覚障害者に対する配慮を曲解したマッサ―ジ業者の請願を受け入れたものであり、見識のない定義です。この定義の使い方次第では、整体がマッサ―ジ師の既得権を侵害しているという理論的な根拠を与えることになります。医療論としても法律論としても、この定義は支持できません。具体的な裁判事例を通じた判例を待って再度の検討を加える必要があります。
マッサ―ジは法制化されていても定義はない
またマッサージが法制化され既得権者が存在していながら、今まで法律要件の要素を決定することなく放置されてきたということは信じられないことです。マッサ―ジ違反の裁判事例がなかったのか、あるいは事実認定を争うまでもないほど軽微な事案しかなかったのでしょうか。なぜなら、定義のない療法が裁判で保護を求めるなどということは考えられないからです。
この定義は説得力なく紛争を引き起こす
ユーザーの主観的要素である「対象者が痛みを感じる強さ」をマッサージの定義とした厚生労働省には疑問が残ります。しかし、ユーザーが痛みを訴えなければ問題にならないので、ユーザーとの信頼関係がある場合には発生しにくいと考えられます。この定義を争う裁判事例が発生した場合には、事実認定の争点となり火種を先送りする可能性が高くなったといえます。
この契機となった被疑事件は、とあるマッサ―ジ師派遣会社が無資格者を全国の健康ランドやホテルに派遣していたということが明るみになって、その代表者2名が逮捕されたものです。逮捕前に神奈川県警が厚生労働省に照会したところ、同省は前記のとおり回答しました。
この事件はマッサ―ジ師派遣会社の無知ゆえに発生したものと思われますが、取り締まり自体には妥当性があります。私たちの業界から見てもこの事件は非常に迷惑な出来事です。
この定義が認められるには確定判決が必要
とはいえ、この定義は所管行政官庁の有権解釈として一人歩きすることになります。今は、この定義が争われる具体的な事案の確定判決が出ていない段階であること、また、業界や法律家などの多くが支持する通説になっていないことなどから、しばらく静観するほかありませんが、問題はこれを各種療法に対する圧力として拡大する動きを見せれば、座視できない性質を含んでいることになる、ということです。
第4章 世間の評価を受ける
この被害者意識は誤解か?思い込みか?
医療類似行為業界の一部の強硬派は、整体・療術などの各種療法やカイロプラクティックは違法行為であるとして不毛の運動を繰り広げています。自分たちはすでに法制化を受けたから、後発の療法の新規参入は絶対許さないという態度を頑固に取りつづけているのです。整体・療術などの各種療法やカイロプラクティックが、ユーザーを奪っていると被害者意識を持っているようです。
世間の同意がない医療は成立しない
しかし、このような考え方は世間の同意を得ることはできません。ユーザーが自分の受けたい療法を選ぶのは、その施術師の技能などを期待するからであって、法制化の有無は関係ないのです。ユーザーの支持が受けられるかどうかは、ひとえに施術者の技能実績や人柄など現実的な要素によるものです。
健康保険の恩恵を受けられる医師資格とは違い、医療類似行為の業界は、資格があるからといって簡単に商売できるほど甘い世界ではありません。ユーザーのシビアな選別に耐え抜くための実力が必要な世界なのです。
現実に、多数の整体やカイロの施術院に複数の医師・歯科医師・看護師などの医療業界の専門家が顧客となっています。いうまでもなく、これらの方々は業務経験を通じて施術効果を客観的に評価できるからです。
資格があっても実力がなければ評価されない
実際に「あんまマッサ―ジ師指圧師、はり師、きゅう師および柔道整復」には興味を持たない人間はたくさんいます。このような資格や仕事には魅力を感じない人がいます。実力があれば、評価される整体・カイロだからこそやってみようと考える方です。創意工夫に満ちた「手の技能で行う施術行為」だから、自らが痛まず、疲れず、休まず」できると考えたのです。この方々は医療類似行為のマネをしているのではありません。まったく異なる手技療法であると考えています。
私たちがそうであったように、各種学校に入学してくる方は資格問題で不利な扱いがあることを知っています。それでも、この道を選択した人ばかりです。もし施術効果がなけれが、何ら評価も受けられないことを十分に認識しています。
第5章 人々の選択を受ける
各種療法を施術する方のスタンス
整体・カイロなど各種療法の施術師たちは、依頼してきたユーザーに対してのみ、自らの業務範囲内において施術します。ムリに売り込んだり、勧誘したりすることはありません。既得権を持つ医療類似行為の業務範囲に入り込まないように留意しているのです。
各種療法を必要とするユーザーと「あんまマッサ―ジ指圧、はり、きゅう」を必要とするユーザーはまったく異なります。療法の選択は、ユーザー自身が判断することだと考えています。
人々の選択に耐える技能を身につける
これだけ多くの医療機関があるなかで、整体、カイロなど各種療法家へのニーズがますます増えているのはなぜでしょうか。
療法を選択する方の立場で考えてみればとても簡単なことです。施術体験を通じて既存の医療機関にはない満足感を感じるからです。保険が利用できなくとも大きなメリットがあると価値判断できるからです。
整体、カイロは、医療および医療類似行為に比べて施術効果が低いと判断されたとき、その存在価値を失うことになります。たとえどのような手技であれ、手技療法の世界は、世間のシビアな選択に耐えなければならない運命にあるのです。

