第四部 業界の健全な発展を考える
第1章 この業界の特徴
第2章 カイロと整体の違い
第3章 自主規制を考える
第4章 厚生労働大臣認可の協同組合の功罪
第5章 各種学校の重大な役割
第6章 整体業界にある不当行為の実例
第7章 この業界の健全な発展のために
第1章 この業界の特徴
各種学校は業界の信頼より、まず自校の発展を願う体質
この業界自体が未法制なため、手技療法を指導する各種学校のなかには、世間に知られた数校を除くと名門校と呼べる学校は存在しません。つまり「卒業生の多くが開業し、日常の業務を通じて多くの方々から感謝され、また社会貢献をしている」などという評判の学校は聞いたことがありません。今の時代は学校の評価ではなく、個人の評価が中心です。卒業生の数や、歴史の長さを宣伝文句にしている学校がありますが「立派な人材を育成しているかどうか?」とは無関係です。
少数のカイロ専門校を除き、入学試験や厳格な面接試験をしている学校はありません。入学希望者のほとんどは受け入れてもらえます。そして標準化されない教育体制のなかで、それぞれが独自の教育方針に基づいた指導を受けてきました。 その結果、各種学校には業界の信頼や発展よりも、自校の発展を願う体質が色濃く出てしまいました。その原因は、多くの学校が小規模経営であるがゆえに業界全体に思いをはせる余裕がないところにあり、たいへん残念なことです。
各種学校に入学する方の特徴
整体・カイロプラクティックなどの各種学校に入学する方のなかには、諸般の事情によって失職の危機やリストラに遭い、再就職の見込みが立たないといった状況を多く見受けます。
十分な勉強時間を割くことが経済的に不可能ではあるが、
1)定年がない代替医療に転職して、人に喜ばれる仕事がしたい
2)本人の意欲や努力次第で独立開業ができる
3)そのために即効性が高く、すぐに役立つ技能を身につけたい
4)将来の備えのために、役立つ技能を身につけておきたい
という希望を持っている方もいます。ほとんどの方が、本人、家族、友人、知人の施術体験を通じて、自分が学びたい技能をイメージしています。また、その中心層は平均年齢が高く、学費や生活費も自己負担しなければならない方で、時間もあまり余裕がありません。いい換えれば、短期間で修了して開業や就職しなければならない方が大半です。親が学費を負担してくれる恵まれた方はいません。各種学校は、このような方々の受け皿となって、いろいろな特色のある授業の工夫をしているのが実情です。
この業界に対する二−ズとその対応
現法制下での医療類似行為の専門学校で、3年以上もの期間、定められたカリキュラムを修められるのは、生活費や学費の負担に耐えられる方に限られます。このような余裕のある方は柔道整復・はり・指圧の専門学校に通うことをすすめられます。しかしできるだけ早く、確実に役立つ技能を身につけて修了しなければならない方や、施術技能にこだわる方は必ず存在します。
このように、ほかの選択肢を選ぶことができない方の受け皿となって実践的なカリキュラムを提供する、各種学校の存在も否定できません。このような社会現象や現実を踏まえながら、自主規制の課題に取り組むのは簡単ではなく、多くの痛みをともなうことになります。
各種学校にはそれぞれ独自の事情があり、考え方に大きな温度差がある
法制化を視野に入れると、3年以上のカリキュラム形態を構築することになり、それに見合う規模の学校施設や設備などが必要となります。また、講師にも医師資格が必要となる学科もあり、著しい経費の負担増を覚悟しなければなりません。こうなると経営難に陥る学校が続出するものと予測されます。
当然、各学校の対応には大きな差異が出てきます。こうした取り組みには、各学校の利害関係が複雑に絡み合う恐れがあるため、業界の一本化が図れていない現状では非常に困難な状況にあります。
第2章 カイロと整体の違い
カイロと整体は土壌が異なる
カイロプラクティックと整体、療術、その他の各種療法とでは「抱える問題が異なり、実は同じ土俵で論じることはできない」と業界ではいわれています。しかし、整体の業界からは「カイロプラクティックとは別の土俵にしたい」という声はまったく聞こえてきません。それはなぜでしょうか? カイロの独自性や教育基準の"あるべき論"ばかりではなく、「整体学校でまともなカイロ教育ができるはずがない。ゆえに整体学校の生徒がカイロの風評をおとしめている」という側面もあるようです。
カイロ教育の世界基準から見れば、DCが関係しているカイロプラクティック専門校でも、世界基準をクリアしている学校はほとんどないのが実情です。「当校は促成栽培ではない」と胸を張れる学校がはたして何校あるのでしょうか?
カイロ団体には整体と分離する必然性がある
カイロプラクティックのみを支持する側(学校名も施術院もカイロプラクティック単体の名称を使っています。しかしこのなかには、カイロプラクティックの名称を便利に使っている者や物品販売の業者まであります)から見れば、「カイロ単体でなければカイロにあらず」とする傾向があります。世界的に見ればカイロは医療制度に含まれますが、整体や各種療法まで含めたカイロでは、
1)医療業界の法制化への同意が取りにくい
2)日本の特殊事情を考えたら、カイロの世界標準化を早期に実現することができない
3)カイロプラクティック世界機構に正式加入することを前提にすれば、日本のカイロ団体を全国組織に一本化するためにはできるだけ障害を少なくする必要がある
4)世界標準のカイロ教育に移行するための暫定措置として、「CSCカイロ標準化教育コース」で救済できる道を選択肢として残してある
などの理由により、カイロと整体は分けて考えることが一般的に「あるべき姿」だといえます。
整体のなかにはカイロと分けられない複雑な側面がある
整体には実効力のある手技療法であれば、何でも取り入れる柔軟性があります。実に融通無碍であり何のこだわりもありません。整体の各種学校が古くからカイロプラクティック・テクニックを取り入れてきたことは、この業界の人間であれば誰もが知っている事実です。整体業界では、相当数の実績を持っていて、多くのユーザーから信頼されている方が多く存在しています。このような方々から見れば、整体とカイロを分けることは不可能なことです。そうなると、カイロプラクティックの定義は「いろいろあってもいい」ということになります。
事故は教育基準の問題ではなく個人の技量の問題
さらに問題を複雑にしているのは、整体だけでなく、多くの各種療法の従事者がカイロプラクティック・テクニックを活用していることです。
このなかには、不本意にも事故を起こした方がいるかもしれません。しかし、正規のカイロ教育をうけたDCでも事故を起こす可能性はあります。事故は教育上の不備ではなく、施術師の技量の問題なのです。
カイロ業界にも法制化実現の妙案がない
整体業界には、正規のカイロプラクターより巧みなテクニックを使える施術師がたくさんいることも事実です。「促成教育という方針や教育レベルが信頼できない」「まともなカイロ知識や医学知識が足りない」などという批判ばかりでは何の解決にもなりません。この現実を無視して解決策はありません。
わずか数百人に既得権を獲得させるために、面倒な立法化に汗を流す官僚や国会議員はいません。立法化を促すためには、既得権を持つ医療業界が同意せざるをえない社会状況をつくり、同時に幅広い業界の知恵を結集して、国民の同意や応援を得ることができる実現可能性の高い具体案を取りまとめることが先決です。社会に提案する責任を果たさない限り、将来の展望は開かれないと思います。
将来、カイロが法制化されたとしたら
整体業界をはじめ各種療法の従事者は、今まで親しんできた「カイロ理論やカイロテクニック」を業務として使えなくなります。カイロの業務領域を侵害することになるからです。
それでは整体が法制化されたらどうでしょうか。残念ながら、今そのような可能性は考えられません。不調部位の矯正テクニックが使えない、という事態になると整体業界の大部分は大きなダメージを受けることになります。そうなれば、整体は指圧マッサージ団体ばかりでなく、カイロ団体からも業務侵害の問題を提起されることになります。
整体業界が生き残る道は、カイロと分離されないことが前提のように思われます。見方を変えれば、整体業界にとっては今が一番いい状態といえるかもしれません。解決策が欲しいところです。
第3章 自主規制を考える
自主規制の目的
自主規制は、業界の健全な発展と社会的な信頼性を高めて、社会的地位を確立することにあります。実は、自主規制は、大多数の各種学校においては経営面でも、営業面でも大小のさまざまな痛みをもたらすことが確実です。 しかし自主規制の問題は療術・整体・カイロプラクティックその他の各種学校にとっては、今後の社会的な信頼を醸成していくために避けて通れない必然的な課題です。
自主規制は当然に取り組むべき課題
しかし整体や療術は、民間療法としては、従事者数でも顧客数でもカイロ以上の実績があり、幅広い年齢層から支持を受けています。その存在を否定することはもはやできない社会的実在です。だからこそ業界が自覚をして、社会的な認知を受けられるレベルの基準をつくるべきなのです。自主規制は当然に取り組むべき課題なのです。
カイロとその他各種療法の併記(看板)を禁じる自主規制について
カイロプラクティック単独の自主規制のひとつに、広告宣伝などの名称について、整体や療術・オステオパシー・エステティック・リフレクソロジー・足裏療法・クイックマッサージなど、いかなる療法とも並列や併記することを禁じるというものがあります。
カイロプラクターは、カイロプラクティックの単独名称のみを使用しなければならない、ということは当然のことですが、見方を変えればたいへん重い制約をかけていることになります。カイロプラクティックの法制化を支持し期待している方のすべてが、その他の各種療法との併用を禁じる趣旨に喜んで賛同しているわけではありません。
整体や療術などの各種療法にも、捨てがたい長所があります。カイロだけでは、「複雑な顧客ニーズに対応できなくなる」「既存の顧客を失う恐れがある」など、耐え難いデメリットがあります。この問題には方向変換が可能な状況をつくり出すことが必要です。整体とカイロの両学校で学ばれた方にとっては、複雑な心境だと思います。とくに施術院や学校の名称変更をともなう自主規制が簡単に進まない事情が、それぞれにあると思います。
また施術実績や営業実績から見ても、ただちにカイロ一辺倒に同意できる状態ではないと考えている方が圧倒的多数を占めます。今後の営業の死活問題となるからです。ここに賛同者が増えない原因があるように思います。
自主規制の基準となるもの
一般的に、自主規制の対象となるものは、法制化された業界の実在モデルと比較し、これと同等かもしくはこれを上回る内容で業界の信頼が客観的に認められるものでなければなりません。現在の自主規制の基準としては、「実在モデルの柔整、はり・きゅう、指圧の関係法規を参考にすることが妥当」であるといえます。ただし善良な第三者を誤認させたり、詐欺まがいの文言を使った広告宣伝など、あまりにも低レベルで違法性をはらむものは自主規制の内容ではありません。それは、まぎれもない犯罪行為というべきです。
自主規制モデルを発表している団体を参考にしながら、何が問題とされているのかを考えたいと思います。
何が問題となるのか
ここでは、社会的な合意を得るために必要最小限度の自主規制を考えたいと思います。
自主規制とは、私たちの業界が医療制度を崩すことなく、社会に認知されることを目的として、業界の信頼を醸成するための業界の倫理性をいいます。
そこで養成施設(学校)については、次のような項目を取り上げました。
1)養成期間:短期養成問題
2)募集広告問題:不当表示、虚偽・誇大広告
3)養成問題:カリキュラム、時間数、講師の資格
4)その他:卒業後のさまざまな名目の束縛など
また、療術・整体・カイロプラクティック、その他の各種療法を開業する方は、何が問題となるのか知らなければなりません。
1)施術院の構造,設置基準など
2)施術院内外の告知の語句
・施術院の名称
・資格名称
3)広告内容 不当表示・誇大広告・虚偽表示
4)医療受診の遅延防止
5)禁忌症の施術など、危険な手技の禁止
6)健康器具、健康食品の販売を主目的にしない
7)守秘義務(個人情報の保護)
整体業界はタタキ台(案)もつくれない状況
現在の各団体の取り組み状況をみれば、自主規制を避けられない課題と認め真面目に取り組んでいるのはカイロ業界です。整体・療術などの各種業界には、まだ医療業界や一般世間の納得が得られるレベルの具体的なアクションプログラムがなく、社会的な認知が期待できる基準案はできていないように思います。
カイロ業界は国内の医療制度に準拠する方法を選択肢としている
国内にある医療類似行為の基準に合わせることは、当面の間は合理的な選択肢となります。カイロ学校では、自主規制の対象として次のような項目が一般的に取り上げられています。とくに不特定多数の者に向けた広告宣伝は、見る側の誤認を招かないように、誇大広告や虚偽内容、そして不当表示になる恐れがある文言には十分な配慮と自粛が必要です。
養成施設(各種学校)に対するもの
1)広告制限(誇大広告、虚偽広告)
2)誤解や誤認をさせる名称
・厚生労働省 ・厚生労働大臣
・財団 ・事業協同組合
3)教育期間(3年以上を目安とする)
4)カリキュラム(科目、時間数など)
5)講師の資格
6)教育機関の「姉妹校」「提携校」(正規の直接契約がある場合を除く)
一般従業者に対するもの
1)広告内容の制限(誇大広告、虚偽広告)
2)事業所の名称の制限
3)事業所(施術院)の構造設置基準
4)危険な手技の禁止
禁忌:腫瘍性(癌)、出血性、感染性疾患、高度のリュウマチ、筋萎縮性疾患、心疾患、などに対する施術
5)個人情報の守秘義務や保護義務
6)インフォームドコンセント
7)施術院内外の不当語句
・初診料 ・診療 ・診察券 ・治療 ・治療時間
・治癒 ・診断 ・診断書 ・診断証明書
・往診 ・休診
整体・療術の各種学校の自主規制は遅れている
これらの業界には、強いリーダーシップを発揮できる全国規模の団体や組織が育っていないという側面があります。何らかの問題が発生しても、解決のために業界の意志の取りまとめや共通認識の確認をする“検討会や採択の場”がありません。この業界には、各業者、各個人が自己の発展を願い、自己中心の価値観をつくって、業界全体の利益を考えない傾向性がしばしば出ているように思えます。
このような業界のなかでは「己をむなしくして」業界の発展のために尽力しようと行動できる人の姿は目に映らなくなります。自分の利益のためにやりたい方ばかりが目立ちます。
しかし、現在の状態がいつまでも続けば、私たちの業界の未来に明るい展望は望めません。
広告宣伝の文言にかかる制約
不特定多数の方に向けた広告宣伝の文言には、次のような制約を受けるものと常識的に考えるべきです。
1)文章内容の全体を総合的に見て、公序良俗や公共の福祉に反しない
2)違法性がない
3)その文言や内容が事実であり、一般的に、客観的な価値が認められる
4)見る側の判断を意図的に、誤認させない
5)広告の文言が業界の不必要な過当競争をあおらない(「やった者が得をする」などと不埒な考えは持たない)
これらは特別な能力がなければ判断できない制約ではなく、ごく普通の感覚があれば十分に認識ができて、自己抑制ができるものです。
自主規制は単一の全国組織になるとき完結する
自主規制の阻害要因は、業界自体が未熟で小規模業者が乱立していることにあります。当然の帰結として、独自色の強い自己主張になる傾向にあり、業界の足並みがそろわないという欠点があります。それゆえに社会常識や倫理性の欠落した、目にあまるほど低レベルな問題の発生は業界の信用問題となりやすいので、業界内で自粛できる仕組みが強く求められています。
第4章 厚生労働大臣認可の協同組合の功罪
厚生労働大臣認可の協同組合とは
カイロ、整体・療術などの各種学校のなかで、国や厚生労働大臣から認可された学校はただの一校もありません。この認可は、中小企業等組合法にもとづき、組合員の相互扶助を目的とする協同組合の設立を受理するものです。具体的な内容をいえば、従業員数が5人(サービス業は2人)を超えない事業者、勤労者、その他の者が協同して、法人として自主的な経済活動を促進するためのものです。
この協同組合は、いわゆる零細規模の各種学校が対象であり、比較的大きな規模の各種学校は協同組合を作ることが法律の規定により許されていません。また、個人事業はこの法律が対象とするものでもありません。
なお、協同組合の認可は組合員の所在の位置関係によって次の通りに区分されています(例−関東地区の場合)
1)「都道府県知事の認可」
組合員が同一の都道府県内にいる場合
2)「関東信越厚生局長の認可」
組合員が関東信越地区内の複数の都県にいる場合
3)「厚生労働大臣の認可」
組合員が全国規模の都道府県にいる場合
ところが、ここに不可解な実例があります。それは「関東信越厚生局長の認可を受けたので、厚生労働大臣認可と表示することができる」というものです。その理由は「関東信越厚生局長は厚生労働大臣の事務委任を受けているから」とのこと。このような牽強付会の解釈をするのは、いったいどのような人物だろうか、と考えてしまいます。
そもそも、受付区分を設けたということは、行政上の管轄区分を設けたことを意味しています。各地域別に厚生局を設置しているのは、中央官庁が行う国の地域行政を適正に円滑化することを目的とするものです。地域行政を本旨とする関東信越厚生局が管轄外の他地域の厚生局にかかわったり、厚生労働大臣認可という全国規模の行政を事務委任されるなどということは、本質的にあってはならないことです。官庁組織の自己否定になるからです。
ゆえに事務委任は、権限委譲の範囲や内容を明確にすることが前提条件となります。この権限範囲(事務委任の内容)を逸脱すれば越権行為になることはいうまでもありません。
局長が大臣より受ける事務委任は、いわゆる業務分掌規定や権限規定などに明確にすべき内容です。事務委任の内容は、この行政管轄の範囲内に限定さていることは当然です。これが官庁でも民間でも、どの業界でも共通する権限委譲の常識です。
法律論を述べるまでもなく、一般常識からいえば、関東信越厚生局長の認可を厚生労働大臣の認可として表示することは不当表示である、と判断することは当然です。もし、厚生労働省の関係部署や担当者がこの事実を知りながら、黙認や追認をしたとしたら責任問題となるでしょう。
各種療法の団体が厚生労働大臣認可の看板をつけたがる理由
協同組合の認可は、組合員相互の扶助の精神にもとづき、協同事業を行うために必要な組織について定めるものです。国が各種学校や個人の事業を認可したものではありません。また、組合員が個人で行う事業を認可するものでもありません。この法律の保護を受けられるのは、法人である協同組合が行う経済活動だけです。そして、各組合員の関係は出資金の額に関係なく平等な発言権を持ち、収益がある場合は組合員が公平に分配しなければなりません。
この問題は、響きのいい国の名称を、信用度を高めたい学校が積極的に使ってしまったことに始まります。今では、厚生労働大臣認可○△協同組合認定校××整体専門学院のような宣伝が、各種学校の生徒募集広告でお馴染みの文言になっています。
確かに、この文言の有無を学校の選定基準とする方が多くなりました。無知や思い込みによる誤認は罪の意識がないだけにとても厄介です。各種スクールガイドでもこの方法を推薦しているものがあり、驚くほかありません。この意味では、利用者には大きな利用価値があったといえます。
これらの各種学校は、業界の事情を知らない方に「ここは信頼できる学校だ」とあたかも誤認を期待しているようです。各種学校のありのままの姿を反映していることがよくわかります。
協同組合認定の各種学校を厚生労働大臣認可につなげる使い方は不条理
しかし冷静に考えれば、厚生労働大臣は縁もゆかりもない学校に便利に名前を使われていることになります。同大臣が認可したのは法人としての協同組合です。協同組合が認定事業を行うこと自体おかしなことですが、各種学校や個人の施術院をどのように認定しようと、厚生労働省とは何の関係もありません。協同組合が、厚生労働大臣と各種学校や個人の施術院とを結びつけて認定することは不当表示であり、次のような使い方もされています。
たとえば店頭看板や名刺などに、厚生労働大臣認可○△協同組合認定△△施術院と書き込めば、事情を知らない第三者は、この施術院は特別のところだと誤認することになります。複数の某協同組合が業界紙に、協同組合の組合員となる条件として数十万円を支払うことで募集しました。これを組合員の出資金(預かり金)と見ればよしとしますが、もし、会員として認めるための入会金のようなものであったり、入会資格として売買したものであれば不法行為となります。
厚生労働大臣認可の各種療法の協同組合(その実体は各種学校)は、どこも同じような商売を始めています。最近では、各種学校から卒業生に厚生労働大臣認可を強調した看板を掲げる権利を高額で売りつけています。
このような論理や使い方を許せば、簡単に設立できる協同組合は簡単に厚生労働大臣認可と謳えることになり、まさに道理に外れています。このような使い方は、明らかに不当行為です。これは錬金術師の手法であり、許されるものでも、このまま放置できる問題でもありません。このような使い方をする協同組合は、ただちに認可の取り消しをすべきです。
厚生労働大臣の認可を強調する文言は不当表示になる
最近、厚生労働省はこの協同組合の認可を簡単に出さなくなりました。理由は明白です。簡単な手続きで申請できて、厚生労働大臣の名前を便利に使えるからです。このような行為が増加する一方で、予想以上に社会的な危険性が高まり、放置できなくなってきたからです。
このなかには「厚生労働大臣認可」をひときわ大きく表示して、いかにも厚生労働大臣認可校であるかのごとく装うケースもあります。各種療法の団体や個人が、厚生労働大臣の認可を不正使用するケースが増える一方で、この対策に厚生労働省は苦慮するようになりました。この責任は、各種学校や団体の身勝手な営業行為と無節操な使い方にあります。
そもそも厚生労働省が5年前に突然、協同組合の設立を各種学校に認可しはじめたのは、カイロ団体との法制化の約束を時期早尚を理由に守れなくなり、訴訟沙汰を回避する代償として出してきたものでした。
真面目なカイロ団体は、この使い方を自主規制の対象にしていますが、整体やその他各種療法の学校では、これをチャンスと捕らえて、新たな営業活動をするようになりました。こうなることは初めから予想できたことです。
第5章 各種学校の重大な役割
各種学校は指導的役割を果たす責務がある
自主規制は、業界の健全な発展と公共の福祉に寄与するものです。実情がよくわかる私たち自身が不当な広告は「しない」「させない」という姿勢を示すことが、業界の良識を一定のレベルに保つことになります。開業者や卒業者に適切な指導と影響力を与えることができる、各種学校が腹を決めてこの決意をしたときに、自主規制は半ば完了します。各種学校の役割は重大なのです。
必要最低限のモラルは守れ
そこで業界の信用を損なわないために、カイロ、整体、療術、その他の各種療法に従事する方は、業種・業態の違いにかかわらず、必要最低限度の自主規制あるいは自制心をもって、検討されるべき段階にあると思います。行き過ぎた「誇大広告」や「虚偽内容」「不当表示」は、業界内で自粛させることが望ましいと思います。なぜなら業界内でしか情報の判断ができないからです。
第6章 整体業界にある不当行為の実例
不当表示の広告内容をみる
某整体学院のホームページや新聞広告、各種スクールガイドに掲載されている生徒募集の広告には強いインパクトがあります。その結果、多数の生徒を獲得し、同学院の基盤を築いたといわれています。
ここで使われているアピールポイントは、次の通りです。
1)元皇族という人物と撮影した写真
2)社会文化功労賞と勲章
3)某大学の博士号という証
4)自費出版の本
5)上海中医薬大学の(講習)終了証
生徒募集の広告は、新聞のスク−ルガイド欄などに継続的に掲載されています。その文言は次の通りです。
1)医学博士を名乗る(実在しないぺーパー大学)
2)米国の国際学士院大学客員教授と名乗る(実在しないぺーパー大学)
3)厚生労働大臣認可○○協同組合認定校(この協同組合の認可は関東信越厚生局長名)
4)上海中医薬大学の提携校
・直接の契約はないが、上海中医薬大学と何らかの関係を持っている国際教育学院と提携している。
5)認定証授与(他の文言との組み合わせにより、特別、有利な資格と誤認させる
)
6)特許庁登録商標xxxx号(単なる商標であるにもかかわらず、テクニックや理論が特許であるかのごとく誤認させている)
7)整体業界初の社会文化功労賞を受賞(国が顕彰している賞と同一名称の民間団体の模造品を自己宣伝に使えば、善良な第三者を誤認させるので不当表示になる)
8)厚生労働大臣認可を強調するプレートを作成して卒業生に売り、各施術所に貼らせている(これは生徒を意図的に誤認させる不当行為)。
入学希望者を惑わす宣伝文句
これらの文言は、ひとつずつならば許容範囲でありますが、これらを全体としてみれば、文言そのものが相互に補完しあう関係性をつくり上げています。もしも、この某整体学院の入学者の意思決定の大きな要素が、これらの不当表示の文言を信頼したものだったとすれば、意図的に要素の錯誤をさせたという重大な罪になります。
法的には、入学者が契約を解除して入学金や授業料などの返還を請求できます。「嘘(うそ)も百遍つけば本物になる」という名言(迷言?)もありますが、既成事実をどんなに積み重ねても正当行為とはなりえません。
信憑性のない博士号で身を飾るのは虚偽広告
整体や療術、その他の各種療法は、カイロプラクティックとは異なり、医学的な定義や理論、教育の標準化というものがありません。したがって、整体師が医学博士になるなどということは制度的にありえないことです。
医学の世界は、過去の反省を教訓にして、正規の医学教育を受けないと医師になることができない仕組みになっています。正規の医学教育を受けることなく医学博士になったのは野口英世氏だけです。彼が半生を費やした黄熱病の研究が認められたからですが、これは例外的な事例です。
ところが、正規の医学教育(大学医学部、大学院などで単位を取得したり学位を取得すること)を終了した事実がないにも関わらず、海外の大学の医学博士や客員教授を名乗って、入学希望者を誤認させ、その判断を誘導している各種学校もあります。これは虚偽広告の最たるものといえるでしょう。
本物の医学博士号は資格条件が厳しい
日本で適正な医学博士号が認定されるのは、正規の医学部を持つ大学院博士課程を修了し、一定期間内に博士論文に合格した場合(課程博士)、または博士論文の審査に合格して博士課程修了者と同等以上の学力が認められた場合(論文博士)です。いずれにしても、審査の対象になるのは医学部の修了者です。
厳格な審査や認定を受けられない人間が、金銭で売買できる学位ではありません。そして医学博士号を認定する適格性がないペーパー大学が発行した証明書には、何ら信頼性はありません。
民間団体の顕彰受ける人の虚栄心
整体の業界ではじめて社会文化功労賞を授与されたとして、自己宣伝をして身を飾り立てている学校経営者もいます(国の顕彰制度の社会文化功労賞は、この受賞者のなかから文化勲章受賞者が出るという、たいへん権威のあるものです)。 しかも、この賞はとある民間団体「日本○○○○会」が寄付行為を前提に(実質的には売買と看做すべきもの)取引されているもので、虚飾で身を飾りたい人間しか関心を示さない賞です。整体・療術などの各種療法に従事する方々に、この賞の授与の内定通知がなされており、あまりの嬉しさに関係者に受賞を大々的に披露して、受賞パーティを行ったこともあります。
ここで私が不思議に思うのは、整体の業界にある人間を顕彰するという行為です。この業界が置かれている社会状況や、問題の現状認識が欠落しているとしか考えられません。 かつて当学院にも、この賞を送りたいという受賞内定通知がありました。しかし、あまりにも荒唐無稽で受賞理由も理解できなかったので、この申し出を受けませんでした。このようなものを、身を飾る道具として生徒募集の宣伝に使う方がいるということに驚きを禁じえません。理解の範囲を逸脱しています。
第7章 この業界の健全な発展のために
この業界は自制心が求められる
整体・療術などの各種療法の業界は、これからはもっと真剣に業界の浄化や共通認識、療法の統一性の実現に向けた努力が必要です。まず、この業界の基準をつくらなければならず、療法の統一化や標準化には各々が「己をむなしくして自己主張を慎む」ところから始めなければなりません。
各種学校が生徒に手本を示す
自主規制の取り組みには、業界の組織的な法制化の請願運動を全国的に繰り広げることが前提となります。しかし、そのための環境整備を真剣にしている有力な団体はありません。
今のところ、この業界の法制化の見通しは残念ながらありません。このような現状を踏まえなければならないところに、この業界の自主規制の特殊性があります。ゆえに各種学校が率先して、生徒に自主規制を意識させる義務があると思います。

